たぶん、情報がないせいで、山岳会やアルパインクライミングを誤解する人が多いんだろうな、と思っていた。
そこで、2007年に菊池敏之さんが連載していた「言いたい放題」シリーズがとてもよくクライミングやアルパイン、山岳会の問題点を突いてくれていると思うので、その頃の記事をコピーして会員にも配布することにした。この時代あたりの『岳人』やヤマケイは内容がとてもよかった、と読み返してあらためて認識した。現実をきちんと伝える内容もあるし、技術面でも有用な記事が多い。ルートガイドも魅力的だった。
今の山岳雑誌はどうなっているのかな、と思って、Kindle Unlimitedで2022年今年のヤマケイをザッと見ていて、愕然とした。
アルパインクライミングに挑戦するとかいう連載で、なんと3回の連載の3回目で北尾根に行ってしまうのだ。もちろんガイド山行であって、自立した登山者の計画ではない。
しかし、こんな連載を見せられた日にゃ、何も知らないハイカーが、3回も練習すれば前穂北尾根は入門ルートだから私もいける、と思ってしまうのも宜なるかな、である。
1回目は日和田、2回目は男山ダイレクト、で3回目が北尾根。
はぁ?
思わず目を疑った。
「ロープワークとシステムを学ぶ」なんて1行たらずで済ませてしまっている。
あのー、そこんとこ学ぶのに毎週岩場に通って半年とか1年はゆうにかかるんですが。
それは丸ごとすっ飛ばすんですか?
人によってはエイトノットすら覚えられないんで、「だれにでもできる」わけじゃないんですが。
ふつうはガイド山行でも、何もできない人を、日和田と男山の次に北尾根には連れて行かないと思う。
もっともらしく「自分の面倒は自分で見られる人」ならアルパインができる、なんて書いてあるが、そもそも「自分の面倒みる」って「パートナーが動けなくなっても一人で生きて帰れる人」ってあるけど、いやいや、そこまでできるようになるにはどうすればいいのか、っていう話はすっ飛ばすんですか?
アルパインの場合は、登山道でパートナーが倒れた、というのではなく、10ピッチのカベの5ピッチめの途中で相方が宙吊りになって動けなくなったら、どうやって残されたパートナーが生きて帰るのか、っていう話ですから。ここにはリーダーレスキューはおろか、自己脱出も登り返しも示されていないじゃないですか。そこをトレーニングせず「自分の面倒は自分で見られる人」という条件にまとめてしまうのは、いくらなんでも・・・
もし私がカベの途中で宙吊りになって動けなくなったとしたら、その私を放り出して自分だけ生きて帰るようなパートナーとはロープを組みたくないです。息をしてなければ残置してもらっても気にしない(できない)けど、まず宙吊りから下ろして応急手当てをしてレスキューを呼ぶ、くらいのことまではできる人とロープを組みたいですね。「自分で自分の面倒を見られる」のは、ハイキングであろうと縦走であろうと登山者である限り当たり前であって、「パートナーに対する最低限のレスキュー」までできなければアルパインクライマーになる資格はないから一人前とは言えないと思う。
まあ、この記事の場合はガイド山行なので、ガイドさんに何かあったら、「最低限お客のあなたは自力で生きて帰ってね、たとえルートの真ん中の核心部でもどうすれば帰れるのかは自分で考えて帰る方法を見つけてね、運よく電波が通じればいいけどたいていは携帯電話は通じないから、マジ、自力で帰ってね・・・」というメッセージとしか受け取れない。
この記事のタイトルは、「なんでも面倒見てくれるガイドに全部面倒見てもらってアルパインルートに登るには」に変更してほしいわ。
1行2行で一人前のアルパインクライマーになれるみたいに書かないでほしいんですが・・・
これだと、車を初めて運転する人に向かって、「車にはブレーキとアクセルがあります、はい、マニュアルシフトのクラッチはここです。踏めますね。次にF1スポーツカーを運転してみましょう」と提案するのに等しい。
これでアルパインルートに入れると思わせてしまうから遭難事故が多発する。
事故までいかないまでも、カベの中で動けなくなる岩場テロが頻発するのだ。
F1カーだとクラッチが入れられないからまだ安全かもしれない・・・
こんな記事を読んで、山岳会で数回トレーニングすれば、計画さえある会なら前穂の北尾根に連れていってもらえる、と誤解するわけね。
納得・・・
納得はしたけれど、今の山岳雑誌ってこんなにお粗末なのか?
お粗末というより、無責任極まりないと思うが。
責任逃れのために、ちょこっと「この企画の目標は一人前のアルパインクライマーへの第一歩を踏み出すこと」とされてはいる。第一歩なんだから全ての技術を網羅できなくても仕方ないんですよ、という言い訳にしたいのだろうが、実質、何も知らない人たちに誤解を与えるのに十分な内容だと思う。結局、前穂北尾根が一歩目だと思わせてしまっているのだから。
アルパインクライマーへの第一歩は何よりも、現実を知り、自分自身のことをよく知ることからだと思うが。
一歩目がどこか、という点は人によって捉え方が異なるとは思うが、3回で北尾根、というのは1万5千歩は先を行っている。
菊池敏之さんがこんな連載依頼されたらどうするんだろう?
次回ジムで会ったら聞いてみようと思う。
山岳雑誌がこのレベルの情報を拡散しているとしたら、罪は重い。
元凶はここだったのか・・・
山岳サイトとなるともっとお粗末なので、アルパインクライミングを目指すなら害悪としか言いようがない。
この連載のみならず、言葉で登山を伝えるのはとても難しい。そして読み手の読解力も必要になる。注意深く読めば、責任追及されないようにはぐらかしてはあるが、注意深くない読者は完璧に誤解する。
読解力が足りないと、あまり興味がなければ大事なところも読み落とす。たとえば、『ビヨンド リスク』の有名クライマーは子供の時から20年近く地元の山を歩き尽くして自分の国の山も知り尽くしてから高峰や難峰チャレンジしているのだが、その部分は文字にするとわずか1行2行なものだから、読み飛ばしてしまうらしい。で、いきなり8000メートル峰にチャレンジするところから真似しようとする。
いやいや、彼らだって、さんざん地元の里山を歩いているのだよ。
それなしではその偉業はなかったのですよ。
当会のK2サミッターだって中学生の頃から奥多摩の地図のルートを全部塗りつぶしたり、高校では校舎の壁で毎日登り返しの練習をし続けていたという「実績」を持っている。
もし、今まで基本をすっ飛ばしてきたのなら、里山歩きで学べる点を学ばないと始まらないのですよ・・・校舎の壁で登り返しをすると今なら通報されてしまうから、そこのところは真似してほしくないけど。
文字やネットで正確な情報を得るのは今や至難の業になったと言うことなのだろうか。
皆さん、お気を確かに、ではなく、お気をつけください。